Chuzoh Yoshida Institute Complex. 吉田鋳造総合研究所
鋳造所長雑文録 ◆2009/07/08◆423番目のページを作っていて知ったこと。 random_notes
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『鋳造総研』が出来た頃にはなかったはずなんだけど、いつしか全国をウロウロしながらサッカー観戦をするようになって作り始めた「観戦塗り絵地図」。都道府県を観戦箇所数で色分け。最終目標は、すべての都道府県で「5ヶ所以上観戦する」。すなわち“地図を赤くする”。悪友から「人生すなわちこれゲーム」と言われながら、そんな遠大な目標にたどり着くまでに15年かかった。

年ごとの都道府県別開拓ピッチ数は以下の通り。


94 95 96 97 98 99 00 01 02 03 04 05 06 07 08 09
北海道


1 1
1 1 1 1 2 2 3 1 1 2 17
青森

1








2 1 1 1 6
岩手






1

1 1

3
6
宮城

1 1
1 2







2 7
秋田





1


1
4


6
山形

1
1





2


2 6
福島





1

1

2
1 1 6
茨城

1 2




1 1 5 1 1

12
栃木






1 1


1 2

5
群馬






1
1 1 1 1


5
埼玉
1
1 1

1 1 3

1 2 1
12
千葉 1







2
3 1 1

8
東京 1 1 1 4




3
3 3 2 1 2 21
神奈川 2

4 1
1


1
2 1 2
14
新潟


1


2

1

2 4
10
富山

1 1
1 2 1 1 1 1




9
石川





1
1 1 2
2

1 8
福井





1

1

1 1 1 1 6
山梨 1
1







1 1 1

5
長野


1


1
2


1 1
6
岐阜 2 2 1






2 1 3 3 1
15
静岡 2
2 2



2 2 2 2 4 2

20
愛知 2 2 2 2 1
4 2 1
2 1

2
21
三重 3




1

1

1 2

8
滋賀
1






1
1 1 2 1
7
京都 2 1





1 1 2 2 2


11
大阪
1 2 2
2

1
1 1
1 1 1 13
兵庫 1 1

1

1 2 2 2 4



14
奈良






1 1
1

1
2 6
和歌山






1 2

1

1
5
鳥取






1 1

1

2
5
島根





1
1


3 1

6
岡山 1


1




4 2 1

1 10
広島





1

1
3 1
1
7
山口






1
1 1


2 1 6
徳島 1






1
1


1 2 6
香川



3








1 1 5
愛媛






1
1 1 1 1
1
6
高知





2 2 1
2 1



8
福岡
1 1
1






2 1

6
佐賀

1







1 1
2
5
長崎






1

1 1 1
2
6
熊本



2

1


2 1

2 8
大分

1




1
2
1 4

9
宮崎




1

1


2

1 5
鹿児島

1







2

1 1 5
沖縄





1



3 1 1 1
7
海外



1 1 2
3 5 1

2 3
18
19 11 18 22 14 6 22 21 24 32 36 48 51 36 39 24 423


こうして年ごとに視てみると、どうやらぼくが脚の向き先を変えたのは2002年ということになりそう。だけど、ワールドカップ開催が地域行脚のトリガーになったわけではなく、おそらくは西濃運輸サッカー部が活動終了した1997年で『マイクラブ』がなくなり、日本電装が優勝した地域決勝@大分で「地域決勝の面白さ」にハマったぼくが、次は「どこが地域決勝に出てくるのか」という観点から地域リーグを観始め、その結果いろんな街のサッカーピッチに行くようになって……という至って普通の段階を踏んだ結果に過ぎないかと。






さて、その「すべての都道府県を赤く塗る」ミッションの最後の観戦地・加世田郊外の吹上浜海浜公園。ぼくは、帰宅してからいつものように“観戦地印象録”を作るべく作業をしていた。現地訪問時に旧・加世田駅でレンタサイクルの事務所をみつけてはいたけど、バスに乗ってると途中はアップダウンが結構あって「これは自転車利用は勧められないなあ…」と思っていた。
すると、印象録用に地図サイトを視ていて、なんだこれは?という道を見つけた。バスルートからは離れているので訪問時は気づかなかったが、これはどう見ても自転車道。そして、これはどう見ても廃線跡。旧・加世田駅の近くから出ていて、いかにも線路跡ですというカーブ。でも、加世田から西に行く線路なんてあったのだろうか。調べていくと、南薩鉄道万世線というものにたどりついた。1962年に廃止だそうで、それならぼくの脳内地図になくても当然か。加世田からたった1駅だけの支線。
さらに「わざわざ1駅だけの支線を作るなんて、そこになにがあったのだろう」と調べていくと、いろいろとわかってくる。実はこの区間は枝線ではなく、加世田=枕崎より加世田=薩摩大崎の方が開業が先だったとか。


そして、やがてぼくは浅学につきまったく知らなかった事実にたどりついた。
ぼくがサッカーを見に行った423番目のピッチのある吹上浜海浜公園が、実は特攻隊の基地だったなんて。


たしかに、「慰霊塔下」なんてバス停もあるし、地図を見ると「万世特攻平和祈念館」もある。しかし、ぼくの中では特攻隊=知覧で、だからこれらの施設も知覧に関係して作られたものだと勝手に思いこんでいた。しかし、そうではなかった。特攻隊の出撃基地として知られる帝国陸軍・知覧基地だけでは南方戦線の維持が困難になったために昭和18年から急遽建設されたらしい、万世飛行場。なんでも、陸軍内部でもコードで呼称するほどの秘密基地だったそうな。そして、この飛行場からも何人もの若者達が飛び立って命を散らしていった。その跡地に作られたのが、吹上浜海浜公園。

そんなこともまったく知らずに、サッカー観戦をして、公園内の休憩所でアイスクリームを喰って帰ったぼくは『平和ボケ』もいいとこかもしれない。でも、こう表現することも出来る。「平和だからこそ、ボケていられる」。






ぼくはいま、平和な世の中に生きている。そりゃ世界の各地では紛争がどうだテロがどうだ貧困がどうだ不況がどうだ政治がどうだといろいろある。でも、ぼくはいま仕事に就いて日々の糧を得、いくばくかのあまりを余暇に使うことが出来る。元・特攻隊の出撃基地跡の公園に作られたサッカー場で全国社会人大会の県予選を観て、回転寿司で昼飯を喰ってからパチンコ屋で一喜一憂することが出来る。日々の生活の営みの中でのささやかな幸せ。「生きている人間は生きていることを楽しむ義務がある」と言えるだけの世の中に生きていることに感謝して、鋳造の活動は続きます。今年はこれまで「塗り絵地図を完成させる」ことを最優先で活動してたせいで、少々というかかなり“生き急いで”ましたから、少しはおとなしくなるかもしれないけどね。


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