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| 鋳造所長雑文録 | ◆2008/03/12◆『のびのび』で野上杯 | random_notes |
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“野上杯”という大会の存在を知ったのは、例の『駆けぬけた奇跡』。平生町の永大木材産業サッカー部はこの大会を連覇したことで、永大産業サッカーとして県1部から全国社会人を経て日本リーグへ、天皇杯準優勝へと飛躍していった。地域リーグ決勝大会もまだ始まっていない、そんな昔から続いている、県ナンバーワンを決める伝統の“野上杯”。今年も、RENOFAや日立笠戸やヤーマン宇部といった中国リーグ勢も参加して開催される。この週末のぼくは金土と休みで日曜が出勤。土曜にJ2を見に行くよりは、ぼくはこっち。
『18』もあることだし、金曜は移動のみに費やす。岐阜→米原→相生→岡山と順調に移動。もっとも、岐阜→米原で電車遅延があったせいで米原で何も買えず、岡山着はふらふらだったのだけど、改札内の店で普通のランチを普通に食べることが出来た。これはありがたい。
翌朝。唐戸市場まで歩く。ひっきりなしに関門海峡を通り抜ける大型船を眺めながら。いい感じ。
で、問題のPK戦。先攻のバレイン選手が決めたときにぼくは思った。「おそらく工学部のGKは専門職じゃない」。蹴られた瞬間の動き出しが半端でなく、遅い。となると、これはサクサクと決着がつくのだろう。ところがどっこい、バレインのGKもあまり反応がよくない。両チームとも、そうむずかしいコースに蹴っているわけでもないのに、着実にゴールに蹴り入れていく。サドンデスへ突入しても状況は同じ。こりゃあ、枠内に蹴り続けている限り永久に続くのではないか。11人目のGK対決もサックリ通過して2周め突入。工学部の15人目が右ポストに当ててようやくPK戦は決着した。29人連続成功。いやいや恐れ入りました。しかし、この塩梅だとバレインの優勝はかなり厳しいぞお……と思ったのだけど、翌日の試合では中国リーグ所属の日立笠戸に勝ってしまっている。うーむ、わからん。
第2試合はAピッチに移動して、ラツィオとインディゴ山口。インディゴは奥様部隊がこどもを連れて観戦……ではなくて、こどもを連れてピッチの脇にいるというだけ。だって、ほとんど試合を観ていないのだ。こどもも動き盛りで、ちょっと眼を離すとピッチに向かって駆け出してしまうのだから、もう大変。大変なのはわかるけど、インディゴが先制しても誰も微動だにしないのには笑ってしまった。2点目の際も、数分経ってから「誰が決めた?」とか言っているし。サッカーバカなダンナを持つと嫁さんはこんなに大変という教訓でございました。奥様方もそんな状況を愉しんでいるようには見えましたが。
第3試合はBに戻って、ついにRENOFA YAMAGUCHIに接触。浅学につき知りませんでしたが、レノファ山口とは別チームなんだね。相手はFC OPA。RENOFAが普通にやれば相手にならないはず……という先入観があったのだけど、相手になりませんでした。前半が4−0で終わったところで、帰りの新幹線もあるので帰路に就くことに。ハーフタイムではOPAの選手達が「やっぱうまいわ〜」を連発していた。堤防側に陣取っていたRENOFAサポと思しき皆さんは、ハーフタイムに入ってからコールを始めていた。今年は、おそらく地域決勝の中国枠は2つ。がんばってほしい。
この大会、とにかく伝統を誇る大会で県でも重要な位置づけなのだろう。山口新聞の記者がカメラ持参で取材に来ていた。こういう大会を大事にする気風はとても好感が持てる。
新山口に戻ると、駅そばコーナーに下関で喰いっぱぐれた“ふく天うどん”がちゃんとあった。おまけに新幹線改札の中では「ふくのひれ酒」に「仙崎かまぼこ」まで揃っていた。よしわかった!「呑め」ということだな?と真剣に受け取って、呑みながら帰ってきた。 野上杯、毎年通いたくなる大会ではないのだけど、行ってよかった。そして、ついに観戦ピッチが366に到達。1日1ピッチでも1年かかる。次の目標は400、あるいは全都道府県を“赤以上”にすること。まだまだ、道のりは長い。 |
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