Chuzoh Yoshida Institute Complex. 吉田鋳造総合研究所
旅行記資料室 二輪分室 オートバイ遍路・day03 2002/03/05-15 motorcycle
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遅めの出発でいいやとか思っていたけど5時半に目覚めちゃしょうがない。6時50分出発。16番観音寺。ガイドブックには「古い町並みに溶け込む趣深い寺」とあったけど、あまりに溶け込みすぎていて鐘楼門の真ん前を通ったのに全然気づかなかったではないか。17番井戸寺に行く途中で踏切につかまる。徳島線の踏切に2度もつかまるのはもしかして貴重な体験か?朝の通勤通学の時間帯、普通列車が3両編成ってのはかなり長い方だろう。井戸寺では昨日知り合った愛媛ナンバーの夫婦と遭遇。昨日の15番国分寺で納経所に行き忘れたと笑っていた。この寺で女の子2人組の遍路に会った。まだ若いので照れがあるのか、白衣は身につけていない。「どうする?JRまで出る?」とルート選択で悩んでいる。どうやら歩き遍路ではなく公共交通機関遍路のようだ。18番恩山寺に向かうルートは徳島市内の大渋滞。市街地に入るとバイクでも足が止まるのはわかっていたので、市北部のルートで国道に出て一気に南下するコースを選択。これが成功して予想より早い時間に市街を脱出できた。


▲太龍寺ロープウェイ乗り場。
駐輪場の自転車遍路野郎。


▲太龍寺ロープウェイ。

▲太龍寺の龍天井。

20番は山の上にある鶴林寺。かなり山の上にありバイクで上っても疲れた。ここは非常によく整えられていて好感が持てた。21番太龍寺には道もついているが狭く急坂で、しかも駐車場から結構歩かなければならない。現在のメインルートは麓から一気にロープウェイで上がるというもの。ぼくも軟弱にそちらのルートにした。着いた時はロープウェイは出発直後、20分待つ。駐輪場には自転車遍路の兄ちゃんがいた。彼はさっきの鶴林寺まで漕いで登ったそうだ。おそるべし。でも本人はへっちゃらといった感じで「あれくらいなら上がれますよ」と軽くおっしゃってくれる。さすがの彼も太龍寺は「自転車を担がないといけなさそうだったから」とロープウェイを使ったそうだ。20分が経ち、団体さんなどもやって来たので乗り場に並んだ。ゴンドラは100人以上乗れる大型。遍路の団体を捌くのにはこの位のキャパシティーは必要かもしれない。一番前に座席をキープしたもののお年寄りが乗ってきたので席を譲ってあげる。太龍寺は、なしてお大師さんはこんな山の中に寺を築いたかね?と小一時間問い詰めたくなるような山のてっぺんにあった。巡拝を終え、納経所に行く。その奥に「龍天井」というのがあるようなので覗いてみた。廊下の天井に描かれた龍の絵は見事の一言。こういうのを維持するために納経料が使われるのなら喜んで払うね。
下りの便を待つ間に初めてお接待というものを受ける。と言っても松茸茶が一杯だが、山の中の境内を歩き回った体にはありがたい。降りたところで、正午も近いし、このまま先に進んでも食事が取れるか不安だったので、ここで昼飯。今日のノルマはあと2ヶ所なので楽勝だが、そのあとで室戸まで走りきらなければならない。食事後、休憩もそこそこに出発。前方を走る龍神バスの遍路団体をマクる。あれの後になったら納経所で待たされて大変だ。バイクの機動力を生かして一気に走り抜いて平等寺へ。本堂の前で座禅を組んで瞑想に耽る若い兄ちゃんの遍路がいた。そして今日の最後のノルマ、薬王寺。ここの階段には厄落としの意味を持つ数多くの1円玉がある。ぼくの財布には1円玉がなかったので5円玉を1枚置いた。あとはひたすら走るだけ。
高知県境を越えるとすぐに甲浦の集落。最近になって第3セクターの鉄道駅が出来たはずなので行ってみると、なんとまあ。駅前には店の1軒もなく、田んぼの中に高架線が途中まで伸びていて、その切れたところが駅だった。終着駅どころか、そもそも駅としてすら設計がされていないようなところにボソッと駅がある。まるでとりあえずここまで作ってみたけどもう先を作るのがイヤになったのでここを終着駅にしましたという感じ。まもなく列車が着くようなので待ってみた。特急列車接続だそうな単行ディーゼルカーの乗客は11名。うち2名が遍路のご婦人だった。ここからどうするのだろう。室戸岬の最御崎寺まで札所はないし、室戸岬方面のバスはさっき行ったばかりだ。
甲浦から室戸岬までは人家もほとんどない海沿いの道。走りながら、何人もの歩き遍路を追い抜いた。励ます意味で親指を立てて合図を送ると、手を振って返してくる若い遍路の兄ちゃんもいる。右側は崖で左側は青い海。走っている分には快適そのもののルートだが、歩くとなると、あまりに過酷な修行だ。甲浦=室戸岬は40kmくらいある。途中に遍路宿なんかあるのだろうか。しかし、意外に若い遍路が多いのは驚きだ。もちろん団体バスでまわる遍路はおばさんがほとんどなのだが、自転車遍路はともかく歩き遍路をする若者が多い。卒業記念といったところなのだろうか。それに遍路を選ぶというのも、なかなかのものだと思う。
室戸岬から坂道を上ったところに24番最御崎寺があった。先に室戸岬灯台を見物する。夕方にはいい絵になりそうな感じ。そして寺でいつものお勤め。先に読経しているグループがいて、ぼくがあとを追うように読み始めると、読経を終えたグループの一人が「写真撮ってもらえますか」と、さもそれが当然のように話しかけてきた。読みかけの経をやめるのは嫌だったので「いま読んでます」と断った。ひとにものを頼むときには気をつけないといかんなあ。自戒。あと1ヶ所、室戸市街にある25番津照寺まではまわれそうだ、とバイクに乗ったところで、駐車場に愛媛ナンバーのクルマがやってきた。あれ?徳島県だけ打つんじゃなかったっけ?話をすると、あと半日くらいは時間があるので室戸周辺は打っておくようにプランを変えたそうだ。民宿も空いてたしね、とご主人。ここでもう一度会えたのもなにかの縁ということで、お互いにメールアドレスとURLを交換した。大洲を通る際には寄ってくださいよとありがたいお言葉をいただくが、大洲の通過予定日はタフなルーティング設定がしてある。ちょっとお邪魔するのはむずかしいかな。
で、今日最後の札所・津照寺へ走るものの、市街は道が入り組んでいて寺が見つからない!時は刻々と過ぎていき、そろそろ到着しないと納経所が閉まってしまう時間になった。仕方がない、現地の方に道を尋ねる。遍路の白衣を着ているのでみんな親切に教えてくれた。あと20分。ところがこの寺の本堂がかなり急な階段のずっと上にある。げんなり。御本尊も弘法様も驚くような速さで般若心経が読めればいいのだけど、まだそこまでの技は持ってない。なんとか本堂と大師堂で読み終えて、さてと納経堂に向かえばそこには団体さんの納経帳が堆く積み上げられていた。なんだ焦ることなかったんじゃん。この団体さんは、可児や御嵩周辺のひとびとだそうだ。なんとまあ、室戸の寺で岐阜県民とローカルな話が出来るとは。予約していた国民宿舎へ。


▲黄昏の室戸岬灯台。

荷物を解いて、もう一度室戸岬に向かった。海に陽が沈むのを観たかったのだ。夕暮れ色に薄く染まる灯台の写真を撮っていたら、沈むところを見逃すところだった。残念ながらシャッターチャンスは逃してしまったが、いいものを見た。夕陽って沈む時はあっという間なのね。宿に戻って夕飯。一緒のテーブルで食事をしたグループも遍路さん。下呂から来たとか言っている。ああ、ここにも岐阜県人が。ちょっと話に混ぜてもらう。すると、別のグループの方がぼくに「どこかでお会いしましたね」とおっしゃる。当方、意識しないと他人の顔は覚えないタイプだし、そもそも遍路の途中でお年寄りは山のように見ているので全然記憶にない。すると「太龍寺のロープウェイで席を譲ってもらいました」と。なんとまあ世間の狭いことよ。明日は横浪の国民宿舎を予約してあるという。だいたいそんなペースでまわれるのかな。これも重要な予測データだ。部屋に戻って、持参のノートPCで愛媛ナンバーさんのサイトに行ってみようとしたら、PHSカードが圏外で使用不可だった。ここは地の果て、室戸岬。明日は早起きできたら朝日を見に行こう。部屋に常備してある落書き帳を読むと、ぼくの直前に止まったヤツが「今日は小松島競輪に行きました。昨日は玉野競輪に行きました。明日は高知競輪に行くでしょう」と書いていた。一体こいつは何をやっているのだ………って、ぼくもかつては「今日は中津競馬に行きました。昨日は荒尾競馬に行きました。明日は佐賀競馬に行くでしょう」という旅行をしたことがあるので他人のことは言えないのだが。風呂に入って「どっちの料理ショー」を視て寝てしまう。

この日に訪ねた寺院一覧はこちら。


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