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中に入ると、ぼくらの席はバックスタンドの最上段だった。周囲はもちろんまっかだな♪状態で、なもんだからぼくらの脇にはすぐに警官が寄ってきた。何かあったら守ってくれるのだろう。守ってね。一緒になって暴行を加えたりしないように。
やがて選手入場。ゴール裏の人文字は 。何かと思った。「See You At K-League」と書いてあるとわかったのは帰国してからだった。ハングル混ぜるなよな。
試合はご存知開始11秒でハカン・シュクールの先制ゴール。何が起きたのかわかってないのはまわりの観客たちで、もちろんぼくらは何が起きたのかわかっていた。「トゥルキエーッ!」と叫ぶ。叫ぶ叫ぶ。心から叫ぶ。韓国は疲れていた。準決勝に敗れ、なにか切れたような印象があった。ヒディンク監督も3決を前に「I'm Still Hungry」とは言わなかったのかもしれない。ハカン・シュクールのポストプレーが冴え渡り、前半で3−1。あのレッドデビルが黙ってしまった。よほどショックだったのだろう。
しかしハカンは打たない。なぜそこで打たない?!というところで、打たない。あまりに打たないので「お前のことはこれからヘナギサワと呼ぶぞ」と呟くと、前に座っていた青いシャツの女性が「言わないでーっ」。見ると、背中にはYANAGISAWAの文字が。こりゃまた申し訳ない。でも本人も反論してこないところを見ると「打たない柳沢」ってのは認識しているのね。
ハーフタイム。試合中から気になっていた。ぼくらの席から少し離れたところに西洋系の男が数人にて、ぼくらと同じように爆裂トルコモードで応援している。ブーイングなんか、ぼくらより厳しいくらいだ。話をしてみると、アメリカ人だというではないか。こいつら、トルコファンではない。筋金入りのアンチ韓国なのだ。W杯期間中、よっぽどいぢめられたんだろうなあ。鬱積が爆発しているという感じだった。そんな風に談笑する我々を周囲のまっかだな♪さん達はただ眺めているだけだが、一人だけ中年親父が「なんでお前らはトルコを応援するんだ」と不機嫌そうな表情をしていた。
後半はトルコ側からしたら特に見せ場はなかった。一時は気落ちしたレッドデビルも復活、「てーはんみんぐっ」の大合唱。試合終了間際に1点を返すが、そこが限界という感じだった。3−2でトルコの勝利。3位だ。すごいことじゃないか。表彰式も終わって、外へ。ぼくらは高々と新月旗を振りかざし、堂々と歩いた。勝ったチームを応援していた側の当然の権利だ。周囲の韓国人から祝福の言葉が投げかけられる。こちらも「KoreaFighting!」と返してあげる。ぼくらはアンチ韓国ではない。韓国を応援しているわけでもない。臨時トルコサポとして、いい試合を戦った相手に敬意を表しただけだ。
あらかじめ決めていた集合場所は当然のように余韻を味わう連中でごった返していて、全員が揃うのは時間がかかりそう。ぼくは本物のトルコ人を探していた。正当トルコ応援グッズと交換するためだ。そのためにぼくは初めて耐えがたきを耐えて日本代表グッズを買ったのだ。もっと言えば、1000円札と10000000トルコリラ札を交換するためだ。おっ先の方にデカくて赤い旗を上にかざして歩く野郎がいる。見つけたぞお!と勢い込んで近づいたらその旗は五星紅旗だった。なんでチャイナがおるねん。その後も広場をウロウロしてようやくトルコ人を見つけたが、トルコ応援グッズは持ってないという。もう疲れてきたので10000000トルコリラ札もいいやってんで日本代表グッズをそのトルコ人にあげてしまった。
帰りのバス乗り場はとんでもない行列なので、これは歩けるところまで歩いた方が精神衛生上いいねってんでぞろぞろと歩き出す。すると向こうから歩いてきた黒ヒゲの紳士が「Oh,Galatasaray!」と声をかけてきた。トルコサッカーの関係者かな。そして信号待ちをしていると、後ろから日本語で話しかけられた。韓国人のお父さん。日本語がうまい。こどもを連れている。「その新月旗をKoreanTelecomの韓国代表応援旗と交換してもらえませんか?記念にしたいんです」非売品のKTの応援旗。普段ならはいはいっ♪と取り替えてしまうところだが、この日は違った。なにせともに3決を戦った戦友なのだよこの新月旗は。逡巡していると、近くにいたM嬢が交換してあげた。息子君も喜んでいることだろう。
大きな通りに出た。新月旗を持つぼくらに抜いていくクルマからクラクションが鳴らされる。彼らも韓国代表の冒険のゴールを愉しんでいるようだった。ようやくバスに乗れて、東大邱駅へ。とにかく呑もうってんで店を探すが、どこもまっかだな♪さん達が占拠している。かなり歩き回って、ようやく入れたのは鯰料理の店。カルグクスとか冷麺とかもあるので問題ない。ここで深夜2時過ぎまで談笑した。店を出る際に店主は「記念に」とサッカーボールをくれた。フィーバー・ノヴァのパチもん。やっぱり韓国は韓国なのかもしれない。
我々がキープしたホテルは八公山という観光地の麓。タクシーで30分くらい走る。着いたのは3時頃。モーニングコールのセットの仕方もわからず、風呂にも入らずに轟沈してしまう。
翌朝。もうだいぶ朝を過ぎているようだ。時計を見ると8時50分。ふーん………はい?
8時50分だって?!?!?!
大邱空港を出る飛行機は10時発だ。チェックイン締切は9時半かもしれない。ここは空港から30分くらいはかかる山の中。しかも、ホテルには客待ちのタクシーがいない!
大慌てでフロントに電話する。「AsSoonAsYouCan!!」ああごめんねフロントのお姉さん、寝坊したのはぼくなのに。模範タクシーは9時10分過ぎにやって来た。「ぱりぱり」「ぱりぱり」と言い続けたおかげか、空港到着は9時35分。国内線カウンターでは10時発の金浦行飛行機のチェックインが続いていた。ああ、間に合った。マジで帰れないかと思った。搭乗前の待合室のTVではメジャーリーグを放送していた。通りがかった西欧人記者らしき男が「この国はBaseBallに戻ったな」とつぶやいた。
決勝戦は帰国してから自宅のTVで視た。ああ、こうしてW杯は終わっていくのか、という気持ちで眺めていた。
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