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文鶴競技場駅は当然のようにごった返していたけど、地下鉄電車を3分ヘッドで大頻発していたので入場制限を敷くこともなく駅に入れた。あれなら文句も出ないだろう。電車を1本遅らせて、座って富平駅まで行った。一緒に乗っていたトルコ人サポはさすがにへこんでいた。富平からは国電。先にも書いたがこんな混雑した状況で、いつ乗っても遅いのなんのの京仁線になんか乗りたくないので、ちょっと待って快速電車にしたら、やって来たのは鷺梁津行だった。途中の新道林で降りて地下鉄環状線に乗り換えた。地下鉄ホームには勝ちTを着た日本人サポがいて携帯電話で連絡を取っている。もしかしてと思って日本vsロシアの状況を知っているかと尋ねたけど、全然情報なしとのことだった。彼らは新村で降りていった。おそらくこれから「カケハシ」に行くのだろう。
ぼくは乙支路入口で電車を降りた。ここは明洞繁華街の北端になるので、適当に歩き回ればTV中継に遭遇するだろうと思っていたのだけど、乙支路1街の地下広場にW杯のグッズ売り場があって、そこに街頭TVが2台あって日本vsロシアを中継していた。20人くらいのひとが見ていたけど、日本人はぼくだけだった。後半20分くらいで日本がリードしていた。誰がいつ得点したのかもわからない。それにロシアが大攻勢をかけていた。まるでぼく自身が攻撃されているような感じだった。もう見ちゃいられないような緊張感だったけど、ここで逃げるわけにはいかないと思い、ロシアの攻撃を耐えながら見続けた。ヒデのミドルシュートがクロスバーにあたってごいーんと音がしたときは、見ていた全員から「おおおおおっ!」と声が挙がった。
中山が交代で入った時はカラダの内側から熱くなった。でも、プレー自体は4年前と比べてだいぶ衰えを感じた。それでも、自分の仕事は前線で守備をしてファール覚悟で相手を止めることだと確信している感じで、やはりさすがだと思った。おそらく中山のW杯は今回で終わりだろうけど、この魂は誰かが引き継がないといけない。
試合終了の瞬間はカメラがベンチを映していたので一瞬わからず「あっ終わった?」と日本語で叫んでしまった。試合が終わったので観ていた20人くらいのひとたちは全員引き上げたが、立ち上がる際に何人かが拍手をしていった。もちろん、韓国はすでに1勝を挙げているので、おそらくその余裕というのもあるだろうけど。
日本中がぶっ壊れていることは容易に想像がついた。「鋳造はこの感動的瞬間を味わえなかった」と思っているひともいるだろう。でも、TV観戦なら自宅で観ても異国で観ても結局は同じだ。TVの前の叫びや祈りが新横浜まで届くわけではない。逆に、異国で周囲に同胞のいない中でひとり勝利の喜びをかみしめるというのも、なかなかのものだ。
そのまま宿に戻るのもなんなので明洞を歩き回ったのだけど、ひとりで気軽に入れる酒場は見つからなかったので結局マクドナルドでハンバーガーのセットを買った。プルコギバーガーというのがあったので頼んだけど、どうも日本ではただハンバーガーとして売られているもののようだ。宿の方に歩いていると、日本代表のユニを着た数名のサポと遭遇した。どうやら、韓国のサッカー仲間と一緒に観戦していたようで、「ありがとう!かむさむにだ!」と言って韓国人の兄ちゃんと別れたところだった。そして通りを「にっぽん!(ちゃちゃちゃ)」と行進していく。屋台で呑んでいたおっちゃんが出てきて彼らと抱き合ったりして、驚いた。明らかに「嫌日」タイプのひとに見えたからだ。W杯は市民レベルで間違いなく日韓関係を違う方向に進めようとしている。3年後はまたライバルに戻るわけだが、それでもかつてのようにすべてを過去の問題に帰属させようとする動きは少なくなるのではないか。日本の政治家にこのムーブメントの意味がわかるひとがいるのかわからないが。結局、部屋に戻ってハンバーガー食べながら缶ビールを2本空けたら眠くなってしまい轟沈。
翌日。6時に起きたのでニュース番組を片っ端からチェックしたのだけど、トップニュースは「16強に向けて今日いよいよ韓美戦」。お天気お姉さんも赤いTシャツか代表のレプユニを着ている。もうホントにすごいものだ。日本風に言えば「皇国の興廃この一戦にあり」というところだ。2番目が朴セリの全米ゴルフツアーで、日本の初勝利は3番目だった。KBSでは六本木の沸騰ぶりを街頭インタビュー付きで伝えていた。
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