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翌日。たしかオペは午後からだったと思う。オペ室には病棟担当の看護師が必ず同伴することになっていて、ぼくの担当はすっごくかわいい看護師さんだった。でへへへへ。まだそんなくだらないことに考えがまわる状況だった。オペ室へ。
意外だった。FM放送が流れているのだ。患者の緊張を和らげるためらしい。オペ室もとても広く明るく好印象。これからカラダを切られるわけだが、局所麻酔のためにアタマは完全にしっかりしている。オペ中の患者ってのは実はとてもヒマで、だから執刀医とダベりたがる患者も多いそうだけど、ダベっているうちに関係ないところを切られたりしたら嫌なので極力おとなしくしていることにした。
髪の毛の焼ける匂いがする。電気メスで切っているのだろうね。もちろん磔状態のぼくに見えるはずもないし。麻酔が効いているのでちょっとくすぐったい程度。ふーん、こんなもんなのか。「じゃあ吉田さん、患部を切りますね」とかわいい看護師さん。次の瞬間、ぼくの全神経にタキオン粒子のスピードで激痛が走った。間違いない、それまでの全人生で味わったすべての痛みを足してもこの痛みには及ばない。「痛いんですけど!」裏返った声でぼくは叫んだ。
執刀医はさすがに「痛くありません!」なんて恫喝したりはしなかったけど、不気味なくらい冷静な表情でぼくの顔を覗き込んだ。なんでお前はそんなに冷静なんだ。この時ぼくは本気でそう思っていた。
「吉田さん、お酒呑むでしょ」すべてはお見通しという表情で彼は言った。
「はい」
「ノンベは麻酔が効かないんですよねえ」
はあ。でも、でもでも、だからと言ってそのままオペを強行するなんてことはないよね?ね?ね?ね?ね?ね?この時のぼくはアイフルのCMに出てくるチワワのような眼だった、はずだ。たぶん。
「じゃあもう一本麻酔打ちましょう」と彼は言った。やれやれ。
もう開いている状態なので緊急に効く麻酔が必要になる。で、打ち込まれた麻酔は即効性だった。しかし、別の状態もやって来た。血圧が急激に下がったのだ。とにかく寒い。カラダが中から寒い。磔にされた両腕がガタガタガタガタ、震えがまったくとまらない。「吉田さん、大丈夫ですか?」と件のかわいい看護師さん。思わずその手を握ってしまうが、この時はくだらないことを考えていたわけではない。とにかく温もりが欲しい。それくらい寒い。で、この看護師さんが執刀医に冷静に状況を伝える。「先生、60の30です」
それって、血圧の数値ですか?この時にぼくのアタマをよぎったのは、昭和天皇崩御直前のテレビ報道。ああ、こうして昭和は平成になっていったのか。それが自分の死を意味するなんてことはまったく思いつかずにそんなギャグを震えながらぼんやり思い浮かべていたのだから、どうしようもない。
やがて少しずつ体温が戻ってきた。件の看護師さんが「120の60です」。これが最後の声だった。そのままぼくは眠ってしまい、気がつくとまだオペ室で磔のまま。「あ、吉田さん、起きました?縫ってますからねー♪」と件のかわいい看護師さん。順調に終わったのだろうか。もしかしたら手遅れで開いて閉じただけかもしれない。寝てしまっていたのでもしそうだとしても確認の術はない。
すると執刀医が近づいてきて「吉田さん、見ますか?」と言った。摘出したぼくのカラダの一部を見ておくか?というのだ。こどもの頃、「白い巨塔」でのオペのシーンで気を失ってしまった経験のあるぼくだが、自分のカラダとなれば事情は違ってくる。「見せてください」勇気を持ってぼくは言った。「じゃあ、持って来ますね」と医者は言って銀色のバットに入れたそれを持ってきた。うわわわわわわわわわわ。一目で「これは正常なカラダの一部ではない」とわかるものだった。こんな状態になっていたのか。
オペは終わった。病室に戻ったぼくは、しかし不安感はオペ前より高まっていた。1つの障害を乗り越えた先にはもっと別の、さらに厳しい障害が待っていたわけだ。なにせ病名はガンなのである。いまのぼくは、とりあえずの病巣を摘出したに過ぎない。転移している可能性があるのだ。
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